スンバのイカット

Bandung_West Java, 2018

前回のサヴとライジュアのイカットに続いて、今回は同じく東ヌサトゥンガラ州スンバ島のイカットについて。
インドネシアの他のどこの島とも違う、まるで一枚の大きな絵画を染めて織るかのようなスンバのイカット。
その、染めと柄について、聞いた話しと読んだ話し。

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一枚の布の幅を最大限に使い、大小の柄を配置しているスンバのイカットですが、
特に東スンバではその柄は左右対称なものがほとんどです。
秘密は縛り方。真ん中折りの線対称で縛って行くのです。

Sumba_East Nusa Tenggara, 2013

多色な上に細かな柄を染め出すスンバのイカット。下絵は糸に直接施します。

Sumba_East Nusa Tenggara, 2013

Sumba_East Nusa Tenggara, 2013

下絵に沿って縛っていったのち、染色。
手順としては、まず藍染めから始めます。
インディゴで染めた後に、青を青として残す部分は改めて縛り、赤い色の部分をほどいて赤を乗せます。

Sumba_East Nusa Tenggara, 2013

赤、青、紫と染め上がり。他の色を施す場合は改めて縛り直し、染め重ねます。

Sumba_East Nusa Tenggara, 2013

渡辺万知子著『染織列島インドネシア』(2001年めこん)によると、色にはそれぞれ意味が込められいて、
赤は血と勇気、青は空気と向上、黒は土地と秘密、白は静寂を表わしているのだとあります。

また、スンバにおいて藍染めの染め場は神聖な場とされ、特定の人のみが染めを行うことができたのだそう。
他の人は別の仕事や彼女の必要なものと交換で染めてもらっていたと書かれています。
染め液は、まず藍(インディゴ)の葉を瓶一杯に入れて水を加え、翌日葉を取り出したら石灰を加えて放置、
藍を沈殿させて泥藍を作り、漉して乾燥。
藍の固まりを灰汁で溶き、サトウキビ/椰子砂糖を加えて発酵させた後に、染め液としていたそうです。

Sumba_East Nusa Tenggara, 2013

更に、太田晶子著『布と儀礼インドネシア染織文化の精神世界』(1997年光琳社)には、
西スンバのコディという集落での藍染めに関する記述があり、それによると、
「青い手をした女性」は経済的自立も可能なほどの地位を持っていたとあります。
性周期=妊娠の可能性のある女性は藍から遠ざけられていて、
妊娠中の女性が藍瓶の液を覗くということは、胎児の堕胎に通じると信じられていたのだとか。
コディの藍染めは閉経後の経産婦が行うもので、
その女性は、染め以外にも草木術、毒、堕胎薬、精力剤などの知識に通じることが必要とされ、
その印として前腕とふくらはぎ腿に入れ墨をしていたのだそうです。

ここでは西スンバの染めについて記載されていましたが、現在のスンバではイカットは基本的に東スンバが本拠地。
西スンバでは機織りの習慣は見られますが、染めや縛りなどはかなり簡略化され、市販糸を合成染料で染めたものが主流です。

Sumba_East Nusa Tenggara, 2012

あるいは、彼が身につけているような、白無地の糸の端に赤糸を織り込み、更に浮き織りで模様を入れた布。
このような感じの布が西スンバではよく見られます。

Sumba_East Nusa Tenggara, 2012

東スンバのイカットに戻りますが、先の『染織列島インドネシア』によると、スンバの模様に込められた思想とは、
来世にも現世と同じような村があると信じられており、
馬はは死者の魂が来世に向かうときの乗り物で、雄鶏は死者の魂の水先案内人。
魂が村の門前にたどり着いた時一声鳴けば、その魂は村に入ることが出来ると信じられている、とあります。

さて、では続いて、同著より柄について。

Bandung_West Java, 2018

エビ:脱皮を繰り返し成長する子孫繁栄の象徴
ワニ:王のシンボル。どの小径にも潜む恐ろしい生き物=王の目が村中に行き渡るという権威の偉大さ
タツノオトシゴ:力のシンボル

Sumba_East Nusa Tenggara, 2013

両手を挙げた赤子:強い戦士の誕生を祈願
ふりむくオウム:直接話すことが出来ない王と村人の仲介者

Sumba_East Nusa Tenggara, 2013

鹿:戦士に必要な敏捷性
蛇:霊界と現世を繋ぐ霊力を持つ

カニ:ハサミをつないで歩く
魚:群れをなして泳ぐ
この二つのモチーフは有事に村人は一体になって行動すべしという意味があるそうです。
他、赤い月や水牛も王の象徴、象は権力の象徴、若竹は一族の繁栄を表わすとあります。

Bandung_West Java, 2013

Bandung_West Java, 2018

一方、『布と儀礼インドネシア染織文化の精神世界』には、
タコ:足を再生させることから、生命力の象徴
亀:女性の優しさ
馬:高位の人物や戦士を乗せる最高位の動物=支配階級のシンボル
という説明もあります。

Sumba_East Nusa Tenggara, 2013

馬のモチーフのうち、このようなステッキを掲げているものはパソラの柄です。
パソラとは西スンバの村々で今も毎年行われる、騎馬によるお祭り。
長い木の棒を投げ合うという豪快なお祭りです。

Sumba_East Nusa Tenggara, 2012

Sumba_East Nusa Tenggara, 2013

中央の下段は踊り子でしょうか。女性の象徴であるマモリの柄が入っています。
また、同じ布の上段には戦士の柄。勝利の象徴である首架台(アンドン)が見られます。

Bandung_West Java, 2018

かつては戦いで得た敵側の首を集落の入り口にこうして掲げておいたのだといわれ、アンドンはよく織られるスンバらしい柄です。

Sumba_East Nusa Tenggara, 2013

Bandung_West Java, 2018

このイカットの首架台の上にあるのは、スンバの伝統家屋である、マラプの家。

ちょっと雰囲気が違うこの柄は「墓石」だと言われました。

Bandung_West Java, 2018

(たたみジワすみません)

この円の中にいるのは、蛇ではなくニャレ。
前述のパソラの際に、ご先祖様の象徴として扱われる、ゴカイの一種です。
上下に入っているのはパトラ柄ですね。

また珍しいものでは天使柄。

Sumba_East Nusa Tenggara, 2013

これは決して伝統的なモチーフではないのですが、これをイカットで描いているのがスンバらしいとも言えます。

スンバのイカットのダイナミックでいて緻密な柄、描かれる生き物たちはユーモラスにデフォルメされています。
こんなに力強い布は、インドネシア国内でもなかなかないのではないかと思っています。

Bandung_West Java, 2018

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スンバ島は、地図の赤い丸の位置です。




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