死者を包む布

Savu_East Nusa Tenggara, 2011

柄を染め抜き織り上げる布は、ただ日々身につけるためだけではなく、儀礼においても大きな意味を持ちます。
ヌサトゥンガラ諸島及びその他の地域での、特に葬いの場における布(織)の役割について、聞いた話しと読んだ話し。

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サヴで、以前イカットの販売業をしていたという地元の男性と話しをしていた際に出た言葉。
「古いいい布はどんどん減っていく。
新たに作り足すことが難しくなっているのはもちろん、コレクターたちの手に渡って島から出て行ってしまったのももちろん、
だけどなにより、人が亡くなったらそのいい布を一緒に埋めてしまうからなんだ」

同じくサヴで、古いイカットを沢山見せてくれた男性もまた、
「確かに一緒に埋葬してしまう。それが伝統だから、仕方ない。新しい手の悪い布を持って行くことは出来ない」
と言います。

サヴの弔いの場では、故人を偲び敬う気持の表現として、それぞれが持つ「いい布」を持参するのだそうです。
そして弔いですので、故人とともに土に埋められてしまう。

Savu_East Nusa Tenggara, 2018

冒頭の男性などは現代的なひとなので「自分の時にはその辺の安い布でいい。もったいない」と言っていましたが、
大方の人々にとっては、それは慣習であり、つまり「そういうもの」なのでしょう。

死者と布に関しては、太田晶子著『布と儀礼インドネシア染織文化の精神世界』(1997年光琳社)に記載がありました。
以下、その概要です。

サヴにおいて、船で海に出る際に、姉妹がその兄弟にイカットを渡す。
もし船が遭難し、兄弟の遺体が見つからなかったとしても、そのイカットさえ見つかれば葬儀を行うことができる。
また、一般の葬儀において、死者は男女問わずにイカットを屍衣として身につける。
埋葬後の弔いの宴では、死者に見立てた人形をおいた部屋に格の異なる様々なイカットを整然とならべ、
死者の魂を来世に運ぶ船の帆を表わすものとする。
宴の後にこれらの布は元に戻されるが、場合によっては赤い布が遺族によって木に吊るされ、
参列した人々はこの布をナイフで切り取り、その切れ端を奪い合うこともある。
赤い布は勝利と勇気、更に豊穣の象徴であるため、持ち帰った先で大切に保管される。

Savu_East Nusa Tenggara, 2018

スンバでは、旅人(死者)の足としての馬、旅の食料としての鶏、
そして、死後の世界でのステイタスを表わすパトラ模様を用いたイカットが棺を覆う布として捧げられる。
かつてスンバの王は、常に大量のイカットを所有していたと言われ、
その王の葬儀の際にはそれらの中で最上のものを屍衣として、また棺の覆布として用いた。
王が死ぬと、一人の奴隷が死者の所蔵していたイカットを身にまとい、死者の旅立ちを象徴する存在として、
埋葬される墓場までの葬儀の道を、馬に乗って行進した(奴隷は葬儀の後、自由の身分として解放される)。

Savu_East Nusa Tenggara, 2011

また、スンバの貴族によく見られる、布で包んで埋葬したものを一度掘り返して布を新たに替えてから再度埋葬する習慣は、
遠くマダガスカル(メリナ及びベチレオの人々)にも類似した習慣がみられる。
ラムバと呼ばれる固有の絹織物が用いられ、再葬の儀礼は祖先を称えるものと言われている。

ヌサトゥンガラ諸島を離れ、ダブルイカットで知られるバリの慣習村では、
人が死ぬとまず聖水が遺体に振りかけられ、衣装を着せたのち、白い布で包んで縄で縛り、
入棺後、棺の上にイカットで形作った人型がおかれる。
死者の霊魂の象徴としてのこの人型は火葬の際に一緒に燃やされる。

Toba_North Sumatra, 2014

北スマトラのバタック族の場合、
ウロスと呼ばれる織物の高位のもので遺体を包み、棺の上の覆布にも用いる(スンバに類似)。

スラウェシのタナトラジャにおいては、
死者は葬儀の一日目は南枕で住居の居間におかれ、先祖伝来の聖布(Maa')を丸めて球状にしたものを作る。
この布は死者の霊魂を象徴する者として、副葬用人形とともに死者の枕元におかれる。

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この太田晶子さんの本と、
他のイカットの記事でも紹介させていただいた、渡辺万知子さんの『染織列島インドネシア』(2001年めこん)の二冊は、
インドネシアの布に関する素晴らしい資料です。
あいにくいずれも絶版となってしまっているらしく手に入り難いのですが、興味のある方は機会があればぜひご一読を。



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